(アニメ感想) がくえんゆーとぴあ まなびストレート! 第11話 「わたしにもみえるよ」

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学園祭の準備は整った。本番を前日前日に控え、そのワクワクを抑えきれない学美達。そして、光香は言う「今日は帰りたくない」と・・・。どんな退屈な日常にも、ドキドキワクワクの種を見出すことの出来る学美。そんな彼女には、どんな世界が見えているのか?光香にはずっと疑問であったと言います。しかし、今はそれが見えると話す光香。友達から仲間へ・・・繋がったことにより、学美視点の開眼が光香にはあったのでしょう・・・凄いファンタジーだ(苦笑)。

さて、いよいよ学園祭当日・・・しかし、予想に反して本部とは暇なものです。表では、生徒達がこの学園祭を満喫していても、それを見ることも出来ないとは・・・裏方さんの仕事とは、いつだってそんなものなのですよ。

そんな学美達の元へ、武文が登場。年増女とのただれた関係に溺れているそうですよ、ステキですね(苦笑)。そこに遅れてやってきた、年増女のヒップアタックは破壊力十分なのでした。「お化粧のノリが悪くって~」って・・・それはきっと歳のせいに違いない(笑)。

少しやってみて・・・」そう言って多佳子は静かに目を閉じる。そこに映ったのは・・・そう、学美達が描いていた、楽しい学園祭の姿そのものでした。そして、それはきっと今行われている、学園祭のありのままの姿に違いありません。多佳子が、学美より教えられたこと・・・それは、「イメージすること、そしてそれを形にすること」。それは、観念にとらわれ、結果的に生徒達にはその意味を示せなかった、鏡子に対する一種のアントテーゼとも取れます。特に多佳子に、このセリフを言わせた事の意味は大きかったでしょう。

この少子化の時代に楽しいだけの学園祭をやる意味があるのか?もっと他に価値を見出せなければ学校に通う意味はなくなってしまう。でも・・・。」と武文に話す鏡子。そこに続く言葉として「ただ純粋に一生懸命になれたり、反抗したり夢中になれるのは学生の時だけ、なのではないかしら?」がありました。ここに、この作品の大きなテーマである「学校に通う意味」の答えがすでに出てしまっています。

ただもう一つ、聖桜の理事長が話した「生徒達が自分自身で勝ち取った学園祭だから」の言葉には、大きな意味があるような気がします。この少子化の時代(この世界の話し)、学校に通うこと、そして働くことの選択は若者自身に委ねられているわけです。しかし、学校を自らが選び、そこに通う生徒達は「学校の意味」と言うものを考えたことがあるのでしょうか?

その意味で、生徒達の積極的参加によって作り出した学園祭は大変意味のあるものでしょう。そしてそれは、学校での「学び」にも同じ事が言えます。学校と言う場で、仲間と共に学び、そして自身の未来を作り出す・・・今にしか出来ないそれは、いつだって先の未来へと繋がっているのです。

さて、学園祭は終わりました。しかし、聖桜学園と愛光学園の統合は滞りなく進められていくでしょう。しかし、今回鏡子が見せた変化が、これからの新しい学校づくりにどのように反映されていくのかは興味があります。次回はその辺りに注目して見てきたいですね。

がくえんゆーとぴあ まなびストレート! STRAIGHT2 期間限定版


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