(アニメ感想) ぼくらの 第10話 「仲間」

テレビアニメ『ぼくらの』DVD Vol.1




これまで、模範的な生徒であり続けた半井魔子。人の役に立つよう、人に嫌われないよう・・・だが・・・。周囲の人間からの悪意の目・・・魔子は、常にそんな環境の中で育ってきました。それ故、彼女は常に模範的であろうとしてきました。これは、自身の告白でもありますが、母親の事が大きく関係しているのです。

しかし、子供の世界とは残酷なものです。異質を認めず、時にそれが集団の意識として覚醒すると、徹底して排除する傾向へと向かう。また、それが子供達の周りの大人の言動によって、大きな影響を及ぼしていることは言うまでもないでしょう。きっと、親たちの間で噂になっていたのです、「魔子の親が、昔体を売っていた」と・・・。

魔子は、ジアースのパイロットに選ばれました。一見それを冷静に、受け止めているのかに見えましたが、実際には「恐怖」と言う感情に心を捉われ、気が狂わんばかりの精神状態へと、彼女は追い込まれていたのです。

そして、差し迫った死への恐怖は、彼女に「」と言うものを強く意識させます。それは、強迫観念にも近いものであり、人の本能と言うべきものであるのかもしれません。残された時間・・・私に出来ること・・・魔子は一つの決断をします。

不思議なのは、母親が体を売っていたと言う行為に、魔子が嫌悪感を示す風はなかった事。その事が原因で、周囲より白い目で見られてきたのだから、大きな反発を見せるものだと思っていたのですが・・・。

しかも、今度は自身が街角に立とうと言うのですから、魔子の思いを理解する事は私には難しい・・・。まあ、短期間が手早く大金を稼ぐ方法と言ったら、これぐらいしか選択肢がなかったのかもしれませんが・・・。

魔子は、田々良惣二と言う中年の男性と知り合います。物腰の柔らかい、紳士的な男。田々良は魔子に問います「どうしてお金が必要なのか?」と。それに魔子は「自分の納得のため」と答えました。

すると田々良は「だったら私が、見返り無しで用意してあげると言うのは?」と一つの提案を持ちかけます。しかし、魔子はそれを受け入れませんでした。「自分が許せないから」と・・・。

ここでの会話シーン、原作でのセリフが変えられており、また幾つかのセリフが省略されているため、やや分かりにくい部分がありました。

ただ、原作よりバッサリと切られた母親同士のやりとりや、先ほどの田々良の会話シーンでの不足分を補う形で、母親の職場であるスナックのシーンか追加されていました。

ここでは、ハートフルな描写がされており、この世界観ではむしろ、非現実的として私の目には映りました。しかし、魔子の気づきが芽生えるシーンとしてはやはり、ここは重要です。

母親が多くの人から、愛されていたと言う事実、それは魔子が誇っていいことであると確認した場面でありました。

過去のあやまち・・・それに対する責任として田々良の厚意を断わり、魔子を一人で育てることを貫いた美子。もちろん、魔子としてもそんな母の大変さは、承知していたのですが、周囲の悪意の目は、無力な子供にとって、どれほどの精神的苦痛を与えるものであったか・・・想像には難くありません。結果、彼女は仮面を被ることとなり、それが社会での生きにくさへと繋がっていたのだと思います。

しかし、母親の生き方と言うのは魔子にとっての大きなヒントとなったでしよう。ある意味、美子は自由人でありましたが、自由には責任が伴うことをちゃんと理解していた女性でありました。また、あやまちがあっても、後の生き方(当然責任を負いながらも)で取り戻すことが、出来ると考えていました。実際そうして、美子は魔子をここまで育て上げたのです。

そんな積み重ねの結果として、今の彼女はあります。それは、誇っていいものである・・・魔子はその理解と同時に、少し自由になれたのかもしれませんね。

夢の余韻が、醒めない朝・・・しかし、すぐに魔子は残酷な現実へと引き戻されます。そこは、ジアースの中・・・そして戦いへ・・・。

戦闘シーンは、随分とあっさり目でありました。また、自らジアースの腕を切ってしまうシーンでは、魔子のしがらみからの解放と言う意味でも、象徴的でありましたが、その後の「それを使っていい・・・」のセリフと共に、こぶしを繰り出す場面も含め、ここでは、原作にあったシーンが省かれたせいで、訴えるものがやや弱くなってしまったのは残念です。

前回のダイチ編は、いい出来であったと思います。しかし、今回は原作ファンも、またアニメからのファンも、少し納得のいかない部分があったのではないでしょうか?

私は、原作ファンでありますが、何も全てが原作に忠実に、再現して欲しいとは望みません。アニメならではの演出があってもいいし、また時には大胆な改編が必要な時もあるでしょう、もちろん放送コードも含めて。しかし、各エピソードを構成する上で、抑えるべき箇所と言うのは必ず存在します。アニメ版では、果たしてそうした基本が守られているでしょうか?

そもそも、原作も魔子編は、なかなかに解釈の難しい話であります。一つ一つのシーンを注意深く見ていかないことには、そのテーマ性はぼんやりとしか浮かび上がってこないと思います。その意味でも、人によってその解釈には多少の違いは出てくるでしょう。

ただ、結果的には、似たような結論に至っているにしても、微妙なニュアンスの違いが生じているのです。うまくは言えませんが、原作にはあった、ある種の厳しさと言うものが、アニメ版には感じられなかった。それは、魔子が最後まで訴え続けた「責任」の意味の重さを理解する上でも、重要なテイストではなかったのかなと思っています。

アニメ版は我々が想像している以上に、世間では評価されているようです。原作は、やや人を選ぶ内容でありますが、アニメ版で多くの人に受け入れられたことの意義は大きいし、また原作ファンとしても嬉しいことです。

今回、森田監督のブログ上での発言が多くの反響を呼んでいるようですが、私が一言言いたいのは、監督には原作に対して「」を持って頂きたいと言う事。好きと「愛」は違います。別に好きでなくとも、いい作品は作られるでしょう。そこはプロですから。それこそ、例えキライでも・・・しかし、作品に対する愛は必要不可欠だと思っています。結果、それは自身の作品に対する愛にも繋がると思います。

ともかく、色々あるでしょうが、今後の展開には注目しています。アニメオリジナルのラストになるようですし、この作品は多くの方に見ていただきたいですね。


↑よろしければポチって押して頂けると励みになります。コメントを頂けるともっと嬉しいです

ぼくらの 2 (2)


ぼくらの - livedoor Blog 共通テーマ

http://blog.goo.ne.jp/tbinterface/f4e3c23c9c5e8e37c136d8d221ad910d/71
http://blog.seesaa.jp/tb/45149189
http://app.blog.livedoor.jp/hitorigoto_blog/tb.cgi/50231846
http://app.blog.livedoor.jp/arata0219/tb.cgi/50854826
http://0color.blog39.fc2.com/tb.php/1304-e2de96df

0 Comments

Post a comment