(アニメ感想) さよなら絶望先生 第8話 「私は宿命的に日陰者である」

さよなら絶望先生 特装版1




臼井 影郎・・・彼は影が薄い。クラスの委員長を務めているのだが、誰もそれに気付かない。誰かにその存在を気付いて欲しい・・・それが彼の願いであった。しかし・・・。その時、君はどこにいた?

そこにいると、人から認識されないのなら、それは死んでいるのと同じ事である・・・。ちなみに私も、ずっと千里が委員長だと思っていました(汗)。まあ、世間では最近「記録」よりも「記憶」に残るプレイを!!なんて言葉が、声高に叫ばれていますけど、記録の重要さももっと理解して欲しいものです。そういえば、記録よりも記憶を残した人なんて言葉は、巨人の長島さん辺りから使われ始めましたっけ・・・。でも、広島の木村拓也って、スマップの木村拓也と同姓同名であるから、別の意味で注目され、得しているような気がしますけどね・・・。


あなたのその算段が憎らしい・・・

千円札を拾い、交番に届けようとする望。これで、日陰者であった自分が有名になれるだろう・・・と言う算段らしい。ところが、可符香がやってくれました。なんと竹やぶで、大金を拾ったと、交番に届けたのです。なんてことだ!おかげで絶望先生の善行が、すっかり霞んでしまったではないか!?だが、親切心からではなく、目立とうなんて邪な心を持つから、こんなことになるのです。その点、可符香は無欲だ。彼女は純粋なのだ・・・そう純粋で悪意を覆っているから誰も気付かないのである・・・。


あなたはその弱さが罪だとおっしゃる・・・

絶望先生のおっしゃるように、最近の若い子は精神的に少し打たれ弱いところがあるか・・・。まあ少子化で親に過保護に育てられ、怒られることも少なかったせいもあるでしょうね。だから、非難されることに慣れろ、そして「非難訓練だ」という事。そんな絶望先生の、意見に感銘を受けて現れたのが、「消防署のほう」から来たと言う男。この、消防署の「ほう」と言うのは微妙な言い回しだ。決して消防署の人間だと言っていないところが落とし穴であります。消防署のある「方向」から来ただけかもしれませんしね(苦笑)。


それは非難であるのか?否それは、ただの悪態である

非難訓練のため、消防署の方から来たというその男は、悪意を先導する存在でありました。それに乗ってしまった望にも、大きな罪がありますね。しかし、現実を見渡してみると、ネットでもいるではないですか?そう、ただの中傷であるのに批判だと言い切る人間が・・・。そして、それに乗ってしまう大衆達・・・まさにこの世界には悪意が蔓延しているのであります。


その時妖精が舞い降りた・・・・

神風が吹いたと同時に、彼の存在が人々に知れることになる。それは、髪の毛の薄さがあまりにも目立つため・・・。なんと言うか、自分の意図しないところで(しかもマイナス面で)、人々から取り沙汰されることは確かにありますね。例えば、芸能人のスキャンダルなんかはそうではないでしょうか?まあ、有名になるため意図的に、それを利用している場合もありますが・・・。

しかし、臼井からすれば注目されたいのはそんなことではない!!と言ったところでしょうか・・・。髪の毛が戻ると同時に、背景と同化していく彼の姿がとても切なく描かれていましたね・・・。人はいつだって、自身の存在意義を探し続けているものなのです・・・。


ところで、最後のサイコ調(ヒッチコック)の映像は、映画好きならばニヤリとするキャラクターが多く登場していましたね。しかし、なぜ酔拳なのかは私の中では大きな疑問です・・・(苦笑)。


堕ちたな臼井・・・美人にののしられたい。そこに快感を見い出したか・・・これも一つの逃げである。本当にどうしようもないが、妙に親近感が沸くのだから困ったものだ(苦笑)。


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さよなら絶望先生 第5集 (5) (少年マガジンコミックス)


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