(アニメ感想) ソ・ラ・ノ・ヲ・ト 第12話 「蒼穹ニ響ケ」

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敵国の兵士を匿ったことで、反逆の罪に問われたカナタたち。

しかしそれでもカナタたちは、自分たちが正しいと信じる道へと進みます。



両軍が睨みあい、開戦間近の緊張した空気が漂う国境付近。



開戦を阻止するため、小隊メンバーが取った行動とは――!




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<いよいよ最終回!・・・音楽が戦いを止めた!?・・・しかし何だろうこの微妙感は・・・>

はい、ソラノヲトもいよいよ最終回です。まあ、今回の展開については、大体が想像通りでございましたので、特にそこについては言及する余地もないかなと思います。

ただ、フィリシアがホプキンスに銃をつきつけ彼を人質に取るという行動は予想しなかったですけどね。さすが、ソラノヲト!俺たちの斜め上を行くぜ!! 戦争する覚悟はないのに随分と大胆な行動に出るんだね!


それはともかく、カナタの奏でるアメイジング・グレイスが戦場に鳴り響き、敵の進行が止まるという展開について・・・まあこれは、タケミカヅチが音楽を奏でた回で、アニメ好き達と半ば冗談っぽく予想していたものでしたが、本当にそれをやってしまうとは・・・。

まさにデカルチャー!!・・・音楽によって敵の動きが鈍るというような要素は、皆さんもご存知の通り、マクロスですでにやっている事ですが、残念ながらこの作品の場合は、あの作品のような説得力はないのですよね。

例えば、「超時空要塞マクロス~愛・おぼえていますか~」においては、音楽とはゼントランにとって失われた文化であり、それ故彼らに「音楽」を聞かせると激しく動揺し攻撃の手が止まるという設定があった。音楽によって敵の手が鈍るというのは、なんともおかしな話しだけども、その設定と演出の勢いでもって説得力を持つような凄さがあったのですよね。

ただ、ソラノヲトの場合にはどうも、その説得力に欠ける気がするのです。なぜアメイジング・グレイスが敵軍の人々の心を捉えたのか? そこにどんな意味があったのか? そもそもアメイジング・グレイスという曲はなんだったのか?

この作品的には、アメイジング・グレイスは重要なキーソングとして扱われてきました。作中で「響きあう心という」とセリフがあり、その曲によって人々の心が響きあいひとつとなったという事は理解できるのですが、ルーツがどうもはっきりしないのです。

先ぼとのマクロスの話しに戻ると、戦いの最中に歌われた「愛・おぼえていますか」という歌は、その昔異星人の間で流行ったただの流行歌であった事が明かされました。当たり前の流行歌だけども、遺伝子レベルでその歌は彼らの中に刷り込まれており、だからこそゼントランはその歌を聞いてあれほど魂が震えたのだという説明がついたわけですね。

アメイジング・グレイスも古の人々で歌われていた曲なのだろうと思いますが、その辺りのルーツと、今回ローマやカナタ達の国の人々が関わってくるような設定でもあれば、人々が戦争を止め手を取り合うというシチュエーションにも説得力を持たせられるのに、どうも底が浅いと言わざるを得ない。

これでは、多少の感動は覚えても、真の感動を喚起させることは難しいだろうなと、私は思いました。


<ソラノヲトは一体何を描きたかったのか?この作品のテーマとは?>

この作品を仲間と語る時に、よく「最初からシリアス要素を廃して、ほのぼの路線でいったほうがいいのでは?」という話しが出るのですよね。私自身もそう思っていたのですが、よくよく考えるとそれは少し違うかもしれません。

この作品のテーマを鑑みれば、ほのぼの描写よりも、より人物の内面に着目したり、あるいはカナタ達との世界の関わりというものを描いた方が良かったかもしませんね。


これは以前の感想でも繰り返してきたことですが、「世界が滅びへと向かっていても、私達は楽しく生きている!」がある意味この作品のテーマを端的に表しています。

つまりそれは思考の変換というわけです。そしてこれは人間の心の強さというものと関係しているわけですね。「強い心」と言うと、心の耐久値みたいなものがあって、その上限の高い人が心が強いのだと考える人が多いかもしれません。

しかし、私はそうでないと思うのですよね。人の心ってむき出しのとても脆弱なものだと、私は考えるのですよ。だから、それに少しでも触れれば誰でも傷ついてしまう・・・心の耐久値なんてもので人の心の強さは測れません。

では、そのむき出しの心をどう防御するのか?・・・ここに「思考の変換」が関わってくるわけです。人が社会で生きていくにはあまりにもつらい事が多すぎる。そのすべてを受け取めてしまっては、心が壊れてしまいます。

ところが、例えば同じ事でも、受け止め方次第でストレスは解消できるものなのですよね。それが思考の変換です。同じ事でも、見方によってそれはとても「ステキなもの」へと変わる・・・私がいつも例に出す、ARIAの灯里や、そしてこの作品のカナタはそのステキを見い出す天才なのです。


依然滅びが進行しているこの世界で、楽しく生きる術こそが思考の変換であり、それは人の持つ強さであるというわけです。そうしたカナタの感性は、第1121小隊の連中にも伝播し、最後には戦争すら止めてしまったというわけですね。

つまり、それは価値観の相違によって、対立する人々でさえ思考の変換によって理解しあえるのだという可能性もを示唆していたわけですね。ただし、言葉のみでそれは伝わらず、だからこそ音楽という、民族や価値観というものを超越し人が共有根っこの部分で共有している感性というものに訴えかけたのでしょう。


<総評・・・個人的にちょっと残念だったこと>

もはや、作品の感想については大体書いてきたので、もう言いたいこともなくなってきたのですけど、とにかく終始物語の方向性が安定しない作品だったなという印象か・・・。

先ほど、私は「カナタ達との世界の関わりをもっと描けば・・・」という話しをしましたが、一番の問題はやはりそこにあった気がします。例えば、今回ひとつの部屋という空間のみで事態が進行していくという描写がありました。

ここに象徴されているように、カナタ達の日常は本当にこの第1121小隊の中のみで終わっているのですよね。もちろん、本当に日常系アニメを目指すのであれば、それでも構わないのです。

でも、この作品テーマからしてそれではダメで、やはり日常と世界とが乖離してしまってはまずいだろうと思うのですよね。世界と言っても。別に大きな世界の動きを捉えなくてもいいのです。

例えば,カナタ達が住まう人々・・・そこの世界の縮図と言えるのですよ。彼らが何を考え、どのように生きてるのか?・・・そしてそんな人々とカナタ達の交流を描くそれだけでも随分と違ってくるはずなのです。

カナタ達街の人々を守っているが、実は人々の支えによってカナタ達の居場所は担保されていたのですよね。その意味でも、世界とカナタ達第1121小隊が決して無関係でないことは自明なのですが・・・いまいちその要素は薄かったのが残念。


しかし、アニメのチカラ枠には今後もがんばってもらいたいところです。オリジナルアニメが少なくなっている業界に対して、一石を投じるかっこうとなれば、またアニメ界も変わってくるかもしれません。

次は閃光のナイトレイド・・・ソラノヲトとは雰囲気もガラリと変わってしまいますが、本当に期待してますよ。


<最終回特集第一弾!!「ピッコロのらじお♪」は3月24日(水) 夜11時より放送予定>

3月24日(水)夜11時から放送の「ピッコロのらじお♪」は、最終回特集第一弾!!早いもので1月からスタートしたアニメもそろそろ最終回。そんなわけで、最終回を迎えた作品をジックリと振り返っていきたいと思います

デュラララ!!、ソラノヲト、おおかみかくし、鋼の錬金術師、とある科学の超電磁砲等一週間のアニメを語るコーナーも健在!水曜日のピッコロのらじお♪をお楽しみに!!

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