(アニメ感想) 神様のメモ帳 第1話 「彼女について知っている二、三の事柄」
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初回で1時間スペシャルというのは最近ではあまりない手法ですな。しかしながら内容は前後編の二話で一つのお話なので、連続で二話見れたというのはありがたい。作品の色も分かるしね。
それにしても、この作品のニートの定義がいまいち分からない。仕事をしていない人間は全てニートという認識なのでしょうか? 学生もニートだというのならさすがにそれは無理があるような気がする。
それともこの作品における「ニート」という単語には深い意味があるのだろうか? 主人公の鳴海は、人付き合いが苦手で本人は潜在的には望んでいるものの、人との関係性の中で生きているという意識がどこか希薄であるように思います。
どこか自分の居場所が定まらず、その原因がもっと根深いところにある人達・・・もしかしてこの作品におけるニートの定義とはそういうものなのでしょうか?
さて人付き合いを苦手とするものの、どこか人との繋がりを求めている風な鳴海がニート探偵の助手としてアルバイト。今回の任務は援助交際を繰り返し失踪した少女・翔子の行方を探すというもの。
鳴海は翔子の後輩である未来の協力を得、探求する真実・・・しかしそこに待っていたのは悲しい結末。予想に反して最後にはなんとも言えない余韻が残ったかな。
人は様々な顔を持って社会に適応しようとする。それユングはペルソナと言ったけど、翔子の悲劇は幾つかのペルソナと本来の自分とのギャップによる違和感が拭えないまま同一性が獲得出来なかったところにあると思う。
「パズルのもう一方のピース」という言葉が作中に出てきました。未来の前の翔子、寺岡の前の翔子。どちらとも本当の翔子であり、そして翔子の自己同一性の獲得という点で言えばそのどちらも欠けてはならないピースであったことは確かなのでしょう。
翔子が死んでいるにも関わらず、未来と一緒に寺岡が彼女を過去を辿ろうとしたのは、自分の知らないもう片方のパズルのピースを探すためだったのかもしれません。
何にせよ、寺岡と翔子が社会から孤立した空間で二人だけで過ごした事はまずかったかな。人は自身が社会的ネットワークの中に組み込まれている一員であるということの自覚がなければ、どんどん孤立化していく。
またそうしたネットワークにおいて自身が何か働きかけをしていなければ、個人的な問題が起きた場合でも誰も救いようがない。まあ、この作品の主人公鳴海は幸運なことに、彩夏と出会ったことがきっかけでその社会的ネットワークに組み込まれることになった。
これから彼は、ニート探偵における活動の中で、数々のドットによって描かれていく絵の完成を見ることが出来るかもしれない。もちろんそれはもっと先のことになるだろうけど・・・。
<いよいよ夏の新作アニメ放送開始~!・・・「ピッコロのらじお♪」は7月06日(水) 夜11時より放送予定>
7月06日(水)夜11時から放送の「ピッコロのらじお♪」は、いよいよ放送が開始した夏の新作アニメについて語っていきますよ~!当日は掲示板も設置しますので、興味のある方は是非参加してください!アニメブロガーの本音はここでしか聞けない!?
詳しくは放送日当日、当ブログのトップページを御覧ください。
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それともこの作品における「ニート」という単語には深い意味があるのだろうか? 主人公の鳴海は、人付き合いが苦手で本人は潜在的には望んでいるものの、人との関係性の中で生きているという意識がどこか希薄であるように思います。
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さて人付き合いを苦手とするものの、どこか人との繋がりを求めている風な鳴海がニート探偵の助手としてアルバイト。今回の任務は援助交際を繰り返し失踪した少女・翔子の行方を探すというもの。
鳴海は翔子の後輩である未来の協力を得、探求する真実・・・しかしそこに待っていたのは悲しい結末。予想に反して最後にはなんとも言えない余韻が残ったかな。
人は様々な顔を持って社会に適応しようとする。それユングはペルソナと言ったけど、翔子の悲劇は幾つかのペルソナと本来の自分とのギャップによる違和感が拭えないまま同一性が獲得出来なかったところにあると思う。
「パズルのもう一方のピース」という言葉が作中に出てきました。未来の前の翔子、寺岡の前の翔子。どちらとも本当の翔子であり、そして翔子の自己同一性の獲得という点で言えばそのどちらも欠けてはならないピースであったことは確かなのでしょう。
翔子が死んでいるにも関わらず、未来と一緒に寺岡が彼女を過去を辿ろうとしたのは、自分の知らないもう片方のパズルのピースを探すためだったのかもしれません。
何にせよ、寺岡と翔子が社会から孤立した空間で二人だけで過ごした事はまずかったかな。人は自身が社会的ネットワークの中に組み込まれている一員であるということの自覚がなければ、どんどん孤立化していく。
またそうしたネットワークにおいて自身が何か働きかけをしていなければ、個人的な問題が起きた場合でも誰も救いようがない。まあ、この作品の主人公鳴海は幸運なことに、彩夏と出会ったことがきっかけでその社会的ネットワークに組み込まれることになった。
これから彼は、ニート探偵における活動の中で、数々のドットによって描かれていく絵の完成を見ることが出来るかもしれない。もちろんそれはもっと先のことになるだろうけど・・・。
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