(アニメ感想) ひぐらしのなく頃に 第6話 「綿流し編 其の弐 タカノ」

ひぐらしのなく頃に 綿流し編(1)




綿流しの夜・・・そこで圭一は魅音と詩音そして、フリーのカメラマン富竹と看護婦の鷹野、刑事の大石と出会います。明かされた事実・・・圭一は富竹達から雛見沢ダム計画にまつわる連続怪死事件の話しを聞かされるのでした・・・。やはり鬼隠し編とは、また別の世界の話しということでしょうか。いわゆるパラレルワールドですか。富竹と鷹野の出会い方が、綿流し編では異なります。そもそも、鬼隠し編では詩音なんて出てこなかったですし、魅音が圭一を男として意識すると言う描写がなかったですからね。どっちかと言うと鬼隠し編はレナ、綿流し編は魅音がメインとなっているような構成です。

一連の連続怪死事件の概要について鬼隠し編と同じ、今回明かされた新しい事実としては「必ず一人がたたたりで死んで、一人が生贄で消える」と言うもの。綿流しの夜に、誰かが死に、誰かが失踪すると言うのはセットであると言うことですね。

古手神社内にある「開かずの祭具殿」、ここに圭一、詩音、富竹、鷹野の四人で侵入を試みます。古手家とほんの一握りの人間しか踏み入ることを許されない聖域。そして、そこで鷹野から聞かれされた「綿流し」のもう一つの意味とは・・・。

真実かどうかは分かりませんが、鷹野の口から明かされた一つの事実、この村に住む人間には半分鬼の血が流れており、時折その人食い鬼の血が目を覚ますと人里に下りて鬼隠しをしたと言う言い伝え。生贄をさらい、それを食らう時に綿流しの儀式が行われた。つまり、綿とは臓物を意味する言葉。そして、この祭具殿には人の体を解剖する道具が収められていると言います。確かによく見ると数多くの拷問具が置かれているみたいです。昔使われていたものであるのは確かなようですが、こういった風習が今も残っていると言うのが鷹野の考え。生きたまま臓物を引き出すなどおぞましい・・・。

二人の口ぶりから富竹と鷹野は出来ていると考えて差し支えないですかね?ただの仕事上のパートナーと言うだけではなさそうな雰囲気です。そして、鷹野の話しを聞いていた詩音。鷹野は「彼女は理解があるから」といってました。もしかしたらこの村の風習に対してはある種の嫌悪感を抱いているのかもしれません。魅音とはスタンスも違う可能性が高いですね。

例のごとく富竹と鷹野が殺害されました。ただ、鬼隠し編では鷹野は行方不明となっていたはず。しかも、例年は一人が死に一人が消えるはずが今年は二人が死亡、これは生贄も二人必要と言うことを意味していると詩音は話します。この事態にパニックとなった圭一は詩音を激しく責めます。狂気に駆られていく圭一、冷静さを失い破滅の道へと引き込まれて行く展開は鬼隠し編と同じなのでしょうか?

さて、この綿流し編で明かされたもう一つの事実。それは、詩音と魅音の家が極道でありこの地域ではかなりの力を持っていると言うこと。圭一が街の不良にからまれた時の詩音のあの迫力も納得出来ますね。この園崎家を時期当主として継ぐのが魅音。二人のスタンスの違いはここからも影響しているようです。さらに、園崎家を継ぐというのはただのヤクザ組織と言うだけの意味ではないと言う大石の言葉。例の儀式に関して大きな鍵を握っているのはこの園崎家かもしれません。

鬼隠し編には出てこなかった幾つかの事実が明かされ、なかなか興味深い回でした。来週はさらにショッキングな展開となりそうです。また、壊れつつある圭一と詩音の関係にも注目です。しかし、今回の話しはなんか疲れたな・・・。

ひぐらしのなく頃に 第1巻 初回限定版

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