(アニメ感想) 蟲師 第21話 「綿胞子」

蟲師 其ノ伍




久方ぶりの蟲師でございます。この時をずっと待ってました。また、この作品を確かに短い間ではありますが楽しめると言うことなのですね。今回のお話しも相変わらず容赦のない話し。なまじ人のなりをしているだけに憎たらしい・・・そんな感情がわいてくるお話しです・・・。この子生まれたとき人の姿をしていましたか?・・・。婚礼の時、被綿に出来たと言う緑色のシミ。それから後に子供を身ごもった女・・・。「いいえ・・・獣の姿ですらありませんでした・・・」、産まれたのは決して人の姿などとは言えない、いや獣の姿ですらありませんでした。緑色の得体の知れぬその塊は、物凄い早さで床下に逃げ込むと姿を見せなくなります。しかし、一年後のある夜、ふと物音に目覚めた男が床下を覗くとそこには一人の赤子が声をあげずに横たわっていたのでした。きっと、あの時の子よ・・・私達の子・・・。

その昔何のホラー漫画だったか、産まれてきた子供が爬虫類で自分の子供と言って聞かない母親が大事に育てようとする、なんともおぞましい作品を見たのを思い出してしまいました。この夫婦の間に産まれた子供達も人ではありません。確かに、見た目は人であり、両親の特徴も受け継いでいますが・・・。

とてつもない速さで成長する子供、ワタヒコは、感情もなく、子供を発することもない、知能も赤子のまま。そして、床下には再び赤子が・・・。増殖する子供達、ワタヒコは半年ごとに沸くように増えていきます。そうしていくうちに長男の体は次第に弱り、一日の大半は寝て過ごし緑の発疹も増えていったと言います。医者からもさじを投げられた両親は、蟲師であるギンコに救いを求めたというわけです。

しかし、ギンコは残念ながらその子供を救うことは出来ずこれが寿命だと話します。綿吐と言う蟲、実は床下にその本体がいて人丈の分身達によって養分が送られると言う仕組み。そして、役目を終えた子供は死にその際大量の種をばら撒く。その前に殺さなければならないとギンコは言います・・・。なまじ人の姿をしているだけにたちが悪い。自分達の子供を殺し、生きながらえているその綿吐を憎むと言う気持ちにはなれない両親。それどころか、出来る限り手元においておきたい、そして来るべき時には自らの手で殺すとまで言います。例え、人でないものだとしても我が子の姿をしそこにいるのであれば愛も生まれるのでしょうか?しかし、そんな人の感情ですら利用し生きる糧とする蟲・・・むごすぎる・・・。

それから三月足らずの後、ワタヒコの元を訪れたギンコ。ところが、突然母親に刺されると言う事態が発生!子供達にそそのかされて、そうしたようですが、どうやら三月のうちに子供達は知恵をつけ始め、言葉さえも話せるようになっていたのです。こうなるとさらに性質が悪い。向こう生きるために必死とは言え、どこまで人を苦しめるのか・・・。しかし、ネットワークによって繋がり、情報を収集さらに進化の速度を速めるそれは、現代の人工知能(AI)とダブりますね。

むごいはギンコも同じですか。ギンコの訪問によって生命の危機を感じた綿吐は、家に火を放ち人丈と共に種もろとも燃やしてしまいます。母親にギンコが渡した緑色の塊。人丈が姿を変え永い眠りへとついたもの。ギンコがそれを両親に託したのは、いつかそれが再生した時、再びこの悲劇を繰り返せと言う意味なのか?否、実は両親に渡したそれはただの鉱物。何かにすがっていないと生きていけないだろうと言うギンコの思いやりでしょうか。いずれにせよ、綿吐はギンコが瓶につめて保管。こいつの生態を研究するつもりでしょうな。人の手に余るものでなければいいのですが・・・。

蟲師 其ノ肆

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